会長の時間 第1363回 8月22日(水)

武田会長

 昨日、夏の全国高校野球大会は、大阪桐蔭高校の優勝で終わりました。全国の有名選手をかき集めた桐蔭に対し秋田県の金足農業が善戦し準優勝という結果でした。桐蔭は史上2度目の春夏大会2 連覇という偉業を達成しました。一方で、雑草魂、全力での校歌斉唱など話題の多い金足農業は好投手吉田君を要し、今大会で6試合881球を一人で投げぬきました。地方大会も合わせると1517球も投げているとの事。練習まで入れるととんでもない球数になります。よく投げ抜いたものだという英雄的な評価が一般的ですが、アメリカ人からみればクレイジーであるとのこと。自分を犠 牲にして頑張る事が美談の様に言われますが、体が完全に出来上がる前に酷使したがゆえに肘や肩の故障になっているというのは一般的です。ダルビッシュや前田健太、大谷翔平等高校時代から活躍した選手にけがが多いのはこのようなことも原因であるとの事です。元大リーグの黒田博樹や上原浩治は高校時代控え投手だった為、過剰に酷使することが無かったが故に けがが少なく、丈夫で長持ちする秘訣だと言われているようです。大リーグのように玉数制限を設け、ベンチにも控え投手の枠を増やし、球界全体を挙げて取り組むようにしないと折角の球児たちの人生を狂わせるこ とになってしまっていると思います。

ところで、8月15日は平成最後の終戦記念日でした。戦争体験者も減ってきたこの頃ですが、奇跡の駆逐艦・豪運の「雪風」について少し話してみたいと思います。雪風はスラバヤ沖海戦から坊ノ岬沖海戦(戦艦大和特攻)まで16回以上の主要な作戦に参加しましたが一度も大きな損傷を受ける事なく終戦を迎えた奇跡の駆逐艦と呼ばれました。戦中より雪風のその幸運ぶりは広く知られています。海戦に不参加だったわけでも、常に逃げ腰だったわけでもなく、他の駆逐艦と 同様に必死に戦い続け、最初から最後まで一貫して主要戦力だったのです。戦闘に参加しながらもほとんどの戦いを無傷で切り抜け、例えダメージを受けても小破、直撃弾を受ければ不発弾、襲いかかる魚雷が船の 下を通り過ぎるなど、幸運エピソードに事欠きません。

主な参加作戦
1941年12月5日 レガスピー攻略作戦支援のため出撃
1942年10月26日 南太平洋海戦
1942年11月12日 第3次ソロモン海戦
1943年7月12日 コロンバンガラ島沖海戦
1944年6月19日 マリアナ沖海戦(→再建した機動艦隊が壊滅。雪風は事故により途中離脱)
1944年10月25日 レイテ沖海戦(→空母4,戦艦3隻を失い組織的な作戦行動能力を失う)
1944年11月28日 空母信濃の護衛のため横須賀出港
1945年4月6日 徳山出撃、大和沖縄特攻(→大和沈没、連合艦隊壊滅)
雪風も運だけで終戦を迎えたわけではありません。乗員の練度は非常に高く、戦果を挙げるだけではなくその被害を未然に防ぐ手腕も相当なものでした。加えて歴代の艦長も優秀な人材ばかりで、乗員の実力をさ らに高める力を兼ね備えていました。日本は、簡単に言えば数と兵器の性能と燃料によって太平洋戦争で敗北しましたが、個人個人の練度は常識はずれなものを持っていた乗員が数多くいたとのこと。雪風はその ような乗員を迎え入れ、またそのような乗員を艦内で育てたのです。それは雪風自身が持つ幸運をさらに支える人材にも恵まれたとうことです。雪風にあやかりたいものです。

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